人は想いによって紡がれてゆく

最近とある漫画を思い出して、読み返していました。その中でよく使われている言葉があります。

「使命創造命運(スミンツァンゾミンイウン)」
意味は、「使命があるから運命も創られる。」

それから人生には使命があると思いながら、ここまで生きてきたように思います。

人は運命にそって生きていくしかない

人生には、なにかテーマがあるように思えてならない。テーマとは、この生命のなかで知るべきもののことだ。僕には「人との関わり」と「陰陽」が浮かんでくる。

いまでこそヨガをやっているが、昔からインドに物凄く惹かれていた。近くにはハワイが好きな人がよくいたが、なぜか惹かれない。ハワイ好きが溢れていたことも、これまた不思議だけど。

インドには隠すものがないような気がしている。
生も死も、貧富も、なにもかも。
そんな生まれたままの姿を見て、自分の気持ちがどう動くのか知ってみたかった。精神世界の本が好きで、目に見えない世界があると思ってたし、瞑想も10年前から独学でやってみたこともある。

そう考えると、ヨガに惹かれたことは自然なことに思える。前世ではインドに縁があったのではないか。インドでヨガの行者をしていたのかも。もし前世があるのだとすれば、なんとなくそう思っている。

なぜこの時代に、なぜ日本に生まれたのか

インドに生まれた方が良かったのではないか。そんなことを思っていた時期もあったが、それと同時に、ひとつ疑問が生まれた。僕はなぜ日本に生まれたのだろうか。

社会が成熟し、物にも恵まれ、文化も発達している。それ故に束縛もあり、非常に生きにくかった。インドに行って、山奥にこもって修行してみようか。なんてことも思ったことがある。

けれど、それは違うのだろう。自分自身を高めていきたいその欲求はあるし、いまもそう在りたいと思っている。

では、高めた自分でなにをするのか。
解脱する?悟りを開く?
自己で完結するなら、僕はインドに生まれていたはずだ。インドに生まれなかったのは、自分のことを自分で終わらせてはいけないからだ。

人は人との関わりの中で生きていかないといけない。日本に生まれたのは、自分を高めたことで周りの人に還元していくべきなんだと思う。気づきや体験を得て、そして良い学びを与えること。そうした循環を作っていくことで、社会に還元されていくのだ。

未来の先に見つめるもの

人生のテーマは、自分で気づいていくものだ。自由、愛、子育て、仕事、身近な問題であったり、自然と惹かれる言葉、魂が燃え立つものであったりもする。

そうしたテーマは、最初は試練となって現れることが多い。だから不平不満が出てくる。なんで自分がこんな目に遭うんだって。そうした状況を受け入れ、向き合った時に初めて使命が現れる。

最近では、親子関係に悩む子ども達とよく接している。親子であるがゆえに期待し過ぎてしまい、愛してくれないことに怒ったり寂しくなったり、逆に強がってしまうこともある。特に身近な関係では感情が動きやすい。

お互いに向き合ってしまえば、ぶつかってしまう。だから、それぞれに未来を視ていると、共に寄り添い合いながら生きていくことができる。

人と人との出会いは、使命から創られるのではないだろうか。使命からご縁が生まれ、出来事が現れ、試練を乗り越えることによって、運命が創られていく。

人は想いによって紡がれてゆく。思っている人のことを感じると、それは力となり、強さとなる。大きな愛に包まれたことに、感謝と祈りを。

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