持つべきものは友っていうけど、ホントそうだよね

こんばんは、マサです。
ヨガインストラクター養成講座を一緒に受講した仲間たちと久しぶりに会ってきました。

最初に講座を受講したのは、2015年のこと。
それ以来、3ヶ月、半年くらいのスパンで不定期に同期会を開催し、今回はインドカレーやナン、スパイシーポテトなどをつまみながら近況報告し、それぞれ自分の道を進んでいることを実感しました。

気心が知れた仲間
とは良いもので、最近違和感を感じていても、なかなか相談できないこともある。答えは見つからなくても、悩みを共有できたり吐き出せたりすると救われるものですね。

豊かな人達との関わりは、自分の世界を拡げてくれる

養成講座を一緒に受講しているので、もちろん同じ内容を学んでいます。
けれど同じヨガを学んだとしても、人それぞれに興味や関心は異なります。

・マタニティヨガを始めるひと
・タイマッサージを始めるひと
・中医学を学んでいるひと
・クラニオセイクラルセラピーを実践しているひと

ヨガを通じて、
「癒したい」「癒されたい」「救いたい」
「自らを高めたい」「楽になりたい」……
というように目的が違えば、惹かれるものが違うのは当たり前。

ヨガはあくまで”手段”でしかないと思うのです。
この世界の真理を学ぶためのツールであり、実践して見えない世界を感じるためのツールであり、自分を表現するためのツールでもある。

「私は人を癒したい」

と、もし思いが変わってヨガよりもセラピーが合っているなら、それを取り入れることは良いことですよね。それにセラピーを始めてから気づくことがあれば、その人の血肉となり、その人が発する言葉や雰囲気も変わってくる。その変化はヨガにも良い影響を与えてくれることでしょう。

ヨガでつながっている関係なら、ヨガ以外のことは共有できないかもしれない。

けれどヨガで知り合い、「人柄」「理念」でつながったら、その人が実現したいことを否定することなく応援してくれる。むしろ知らない世界を教えてくれるので、良い影響を与えてくれます。

ヨガの仲間が頑張っているだけで励みになる

では、どうしたら人柄や理念でつながれるのでしょうか。
ヨガに限りませんが、これからは”誰と一緒にいたいか”が大事です。

インターネットが普及し情報が簡単に手に入るようになったので、機能やスペック、アイディアなどコピーしやすくなりました。すると、今までは”何をするか”が大事だったのが、良いものは当たり前という時代に変わってきています。

手に入るものは情報だけではありません。
“人”とも簡単につながれるようになりました。

以前なら誰がどのような活動をしているのか、知ることができたのはテレビやラジオ、雑誌、新聞だけ。それがブログやSNS、ホームページ、動画など様々な方法で発信することができ、同じ思いを持った人同士がつながることができます。

「自分はどんな人を大事にしたいか」
「私はこんなことをやっていきたい」
「こんなことができたらいいな」

そういった思いを話したり聞いたりして、その人自身を知っていく。
また機会があればその活動に触れてみる。行動した結果、自分とは合わないなと思うかもしれないし、もしくはとても共感できるかもしれない。

それは、すぐにわかることではないのでしょう。

ヨガ哲学には「全託」という教えがあり、意味は「すべての結果は神様にお任せいたします」
ことわざの「人事を尽くして天命を待つ」に近いでしょうか。

この人と付き合うと得になりそうだな、メリットがありそうだと打算的に付き合っていると、周りには利害関係の人が溢れていくはず。利害関係なく、関わる人達を大事にしていると、きっと良い人達の出会いが待っていると思います。

ヨガインストラクターの仲間たちはとても良い人達。
自慢かよ!?と言われたら、、、自慢できますね(笑)

お互いの存在を尊重し合えるし、誰かが新しいことをはじめても興味を持って応援したりする。
誰かが頑張っていたら、自然と僕も頑張ってみようかなと思わせてくれる。
そんな温かい空気感をまとっているので、とても居心地が良いのです。
そんなご縁をいただいたことに感謝して。

ありがとうございました。

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